楠木坂コーヒーハウス>書庫>【書評・感想】2001年12月

2001年
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2001年12月


『文学とは何か』 テリー・イーグルトン 岩波書店
 前にも書いたように『文学部唯野教授』の種本。
 文芸批評の歴史を、そもそも「文学とは何か」という根本的な疑問から考察し、文芸批評が社会思想や言語学の成果を取り入れながら、どのように発展してきたかを分かりやすく解説する。
 『唯野教授』ではあまり言われなかったことだが、「読むこと」自体がひとつのイデオロギーになっていると言うこと、そして文芸批評もまた、なにかしらのイデオロギーからは逃れられないと言うことなどが筆者の主張の力点。「本を読む」という行為が、意識的であれ無意識的であれ、実は歴史的に体制のイデオロギーに組み込まれてきたと言う事実。内向的行為である読書はそれと同時に、常に社会と繋がっているのだ。
 また、批評を「テクストを解釈する行為」とするなら、なぜ文学だけが批評の対象とされなければならないのか、という主張は僕のやりたいことと繋がっていて、「カルチュラル・スタディーズ」もこういう観点から発展してきた。そりゃ確かに、シェイクスピアの批評が公に認められて、ビートルズの歌詞の批評が低く見られる論理的根拠は何等無い訳で。
 筆者も書く通り、この本は文芸批評の「手引書」であると同時に「追悼文」でもある。

『共同幻想論』 吉本隆明 角川文庫
 6,70年代の学生世代から圧倒的に支持を得た著者の評論。前から名前は知ってたものの、どうもイデオロギッシュな感じがあるような気がして敬遠してたのだが、ちょっとした機会から読むことに。
 実際読んでみて、そういう感じは、−少なくとも表向きには−、なかったと思う。なかなかジャンルを当てはめにくい内容なのだが、あえて言うなら民俗学だろうか。「巫女」とか「禁制」とか日本文化の底流にあるものを『遠野物語』と『古事記』を題材に見ていくのだが、単なる民俗学ではなくてマルクスのような社会思想やフロイトの精神分析学なんかも引き合いに出される。
 で、その中で、本論の根幹となる「個人幻想」、「対幻想」、「共同幻想」という概念が出て来るわけです。
 読み終えて思ったのは、そんなに熱狂的に迎えられるほどの内容だろうか、ということ。別にアジっているわけでもなく、むしろ淡々と論を進めているし、そこのあたりがよく分からない。それと、結構内容が難しいこと。これを読んだ当時の学生みんながみんな本当に理解納得できたんだろうか、と思った。正直に言うけれど、僕自身必ずしもこの本の内容を理解したとは思ってない。完全に把握するにはもうワンクッション欲しいところ。

『ロラン・バルト映画論集』 ロラン・バルト ちくま学芸文庫
 フランスの記号論者、ロラン・バルトによる映画論を一冊に集めたもの。映画の中で示されるさまざまな記号(表情、小道具、場面、あるいはカメラの視点など)が意味するものについて考察している。例えば「金」が富を象徴するというように(まあ、さすがにこんな単純な例はないけど。ちなみにこのようなタイプの比喩を「換喩(メトニミー)」という)。
 あと記号論の今後として、その対象が映画から、テレビ番組に進んでいくだろう、さらには漫画やアニメ(←本当に言ってる)までがその射程に収まるだろうというその先見性には感服した。
 決して簡単とは言わないけれど、内容が具体論に近いのでまだ分かりやすい方かも。

『メタフィクションの思想』 巽孝之 ちくま学芸文庫
 この本を読むのには本当に時間がかかった。いや、厳密に言うならば、この本に「辿り着くまでに」時間がかかった。
 先月たまたま図書館でこの本を手にとって見たら、「筒井康隆論」が載っていたので、借りようと思ったところ、論評されてる中に読んでない筒井康隆の作品が多かったこと。あと、「『家畜人ヤプー』論」というのもあったので、この本を楽しむために、先月は『虚人たち』と『家畜人ヤプー』を読んだ次第なのです。そんな感じで先月の読書は進んでたわけなんですが、それらと何の関係もなく読んでた『「英国」神話の解体』のなかにこの本からの引用があったりして、またもや読書の神が降りてきたんじゃないかと思ったりもしました。
 さて、この本は「メタフィクション」という文学様式(例えば『朝のガスパール』もこれに当たる。)について、アメリカ文学、特にトマス・ピンチョンの作品なんかを中心に論じてます。
 アメリカ文学の事をほとんど知らない僕が楽しんだのはやっぱり、「筒井康隆論」と「家畜人ヤプー」論。筒井康隆のすごさを改めて知らされました。あと、『家畜人ヤプー』の発表20年後に書かれた「完結編」があることが判明。図書館には置いてなかったので買わないといけないかもしれない。

『現象学入門』 竹田青嗣 NHKブックス
 フッサールによって提起された「現象学」についての入門書。
 現象学というのは、「世界−内−存在」とか「現象学的<還元>」とか「ノエシス−ノエマ」とかやたらと専門的な言葉ばかり並ぶので、難しい印象があるが、(で、実際にも難しいのだが)、筆者はだいぶがんばって初心者にもぎりぎり手の届くくらいに解説している。とは言うものの、入門書としてはけっこう難しい出来。この筆者の本にしてこの難易度だから、たぶんほかの入門書はもっと難しいんでしょう。
 読んだ感じとしては、その大枠としては、けっこうおもしろいこと言ってるな、ということは感じられた。近代以降、西欧諸科学の根本ともなった「<主観>/<客観>」という二項対立的な概念を、全て<主観>を起点にして考えるというのがこの学問の基本的要件。まあ詳しいことは実際読んでください。

『性の歴史T 知への意志』 ミシェル・フーコー 新潮社
 これはあくまで「例えば」、の話。僕が『ワンピース』を10冊買ってるところを、やまなかに目撃されたとする。たぶんそれはほとんど特別な意味を持つまい。
 では、それが『ワンピース』でなく、エロマンガ10冊ならどうか。おそらく、やまなかはわるおにそのことを話すであろうし、わるおは「ビョーキ」という言葉とともに、やまなか以上に言いふらしてまわるであろう。
 なぜ「性」に関わる言説は、特別な「権力」を持ち、場合によっては「病」というレッテルを貼られるのか。西洋社会における「性」に関わる言説の爆発的氾濫を歴史的に、特に18世紀以降を中心に検証するのが本書の目的。
 これはフーコーの最後で未完の作品。内容的にはけっこう難しいが、理論の骨格を見るくらいならそれほど問題はないかと。

『抵抗の快楽』 ジョン・フィスク 世界思想社
 今までは大体、カル・スタの理論的な面についての本を読んできたが、これはその実践編みたいなもの。
 ショッピング・モールやマドンナ、テレビゲーム、クイズ番組などのいわゆる「サブカルチャー」に属するさまざまな事象を考察していく。基本的には記号論、それに加えてイデオロギー論や権力論、という観点から全体の論調は進められているが、ちょっとワンパターンになっている嫌いはありますな。
 ちなみにテレビゲームはファミコンじゃなくてゲームセンターを対象にしている。パックマンとか。古い。


★今月の一冊★
 ちょっと早いけど、今読んでる本が年内に読めそうにないので今年はこれにておしまい。冊数は少ないけれども、1冊あたりの分量が多かったので量的には普段と変わらないと思う。
 さて、今月の一冊はもちろん、テリー・イーグルトン『文学とは何か』。文学批評という分野について知るにはもってこいの1冊であります。
 この一年のまとめについては、別のところでやるので、そっちの方を参照してください。それではよいお年を。

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