楠木坂コーヒーハウス>書庫>【書評・感想】2002年1月

2002年
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2002年1月


『動物化するポストモダン』 東浩紀 講談社現代新書
 今年一発目からこんな本です。
 内容は以前ちょっと書いたように、【オタク】についてポストモダン的な視点から書いた本。オタク論自体は80年代後半あたりから出始めていたので、目新しくないと思うけれども、ここで扱われる題材が最近(90年代後半〜)のものであるのが特徴。もちろん、これまでの議論も踏まえた上で論じている。
 さて、具体的な内容については「現代思想」での連載を加筆したものなので、ちゃんと現代思想(例えば、ボードリヤールのシミュラークル論とか。)を中心にしています。とは言うものの、

 「ポストモダン社会においてはオリジナルとコピーに区別のない、シミュラークルを主とした社会が到来している。」

 という文脈のあとに、

 「例えば『エヴァンゲリオン』の綾波レイを見てみよう。彼女を構成する諸要素(赤い目、云々・・・。)」

 というような文章が来ると、その落差に眩暈が・・・。
 筆者はこの本をきっかけに「オタク論」が単なるキワモノではなく、現代社会を見るうえでの一要素として正当に扱われるきっかけになればいいと言っているけれども、内容がけっこう急進的なので、この本の評価が固まるのはもうちょっと先のことになるのではないだろうか。あと、カル・スタ的観点から言うならば、もう少しエスノグラフィの視点が欲しいかな(実際【オタク】にインタビューしてみるとか)。現代思想によくある理論重視の姿勢が目立ったように感じたので。

『テレビゲーム文化論』 桝山寛 講談社現代新書
 テレビゲームの歴史についてまとめた本。「文化論」と呼べるほどのものかはわからないが、テレビゲームを概観的に書いた本自体が少ないので、少なくとも今後への布石としてはアリかな、と。
 ただ残念なのは個別的なゲームについての言及が少ないこと。「スーパーマリオ」の世界観や「ドラクエ言語」の特殊性なんかについて書いてくれれば本当の意味で「文化論」になっておもしろいと思うのだが。




『夢の外部』 竹田青嗣 河出書房新社
 筆者の小論・評論集。内容は大きく分けて三部。〈在日〉について。「ポスト・モダニズム」について。「戦後思想」について。
 在日二世である筆者の、自分のアイデンティティはどこにあるのかと言う問いはおそらく普通の日本人が感じるそれ以上に深い。そんな青年時代に出会った井上陽水の音楽に、「自分の自己同一性を解体させられる」ほどの感銘を受けたと言う気持ちはけっこうわかる。僕が「モンティ・パイソン」を始めてみたときの感覚はこれに近い。それはともかく、この評論集に通底しているのは、やはり自分のアイデンティティを突き詰めていった結果見出した(であろう)筆者の思想的立場である。それがポストモダニズムのようなニヒリズムではなく、現象学だったのだろう。

『聖人と学者の国』 テリー・イーグルトン 平凡社
 『文学とは何か』の筆者による小説。学者が小説を書くって言うのは向こうではけっこうあることなのだろうか。
 ヴィトゲンシュタインとバフチン(ミハイル、のほうではなくその兄ニコライ)がアイルランドに旅行に出かけた先で、イースター蜂起の首謀者ジェイムズ・コノリーと出会うという話。
 まあ、特別おもしろいとは思わなかったんですけど、ヴィトゲンシュタインの奇人ぶりとバフチンの俗物ぶりはまあまあよかったかな、くらい。ちなみにタイトルの「聖人と学者の国」というのはアイルランドのことです。あるいは聖人(コノリー)と学者(ヴィトゲンシュタイン・バフチン)を重ね合わせることも出来るんでしょう。タイトルとしてはよく出来てます。

『幸福な王子』 オスカー・ワイルド 新潮文庫
 「サーカス」34話「ツバメと王子様」とはこの話のことだったのです。図書館でやっと見つけました。それにしても作者がアンデルセンやグリム兄弟でなく、あのオスカー・ワイルドだったとは、奇妙な縁を感じますな。
 さて、この話の内容は以前書いたとおりだったのですが、この本には他8編が収められています。それがまた『幸福な王子』と一緒でとても童話とは思えない内容。どれも後味が悪くて、またそれが僕の好きな作風な訳ですが。本書に収められている『ナイチンゲールとバラの花』とか『忠実な友達』など子供に読ませられません。
 そんなことを思いながら読んでいたら、あとがきによると、本国イギリスでもこの本に対する評価は賛否が分かれるらしい。
 ある批評家が言うには、

 「ワイルドの童話には人間に対するペシミズムと失望と皮肉な絶望にみちみちている。『幸福な王子』は、最もよく知られており、最も高く買われているが、ひねくれた、苦々しい作品で、どんな子供にでも、年上の者に対してだけでなく、自分自身に対してまでの信頼を失わせるのも当然である。」

 こんな「ひねくれた、苦々しい」作品が大好きな子供時代を送った僕なんですけど。

『10と1/2章で書かれた世界の歴史』 ジュリアン・バーンズ 白水社
 タイトルにもあるように「10と1/2章からなる世界の歴史」。と言っても歴史書ではなく、小説。
 ノアの箱舟の密航者の証言(第1章)に始まり、イスラム過激派のシージャック、中世の虫裁判、恋愛論、映画スターの妻に宛てた手紙、など一見個々に独立している物語(しかもそれらは全て異なる文体で書かれている。)を『歴史』をモチーフにして一貫したひとつの物語に仕上げているところがすばらしい。それぞれの物語がひとつのものとして完結しているのみならず、それらが「世界の歴史」という、ひとつの大きな物語として語られることによって、ストーリーのおもしろさを何倍、何十倍にもおもしろくしている。
 とにかく、ここ数ヶ月の間に読んだフィクション系の作品のなかでは最高の出来。久しぶりに「巧い」と「おもしろい」が両立しているように思った名作。翻訳もそれと感じさせないくらい読みやすく、うまく出来ていることにも触れておく。

『童話の国イギリス』 ピーター・ミルワード 中公新書
 副題に「マザー・グースからハリー・ポッターまで」とあるように微妙に便乗本の感じがしないでもないんですが、本の内容自体はそれほど便乗したものではないです。
 「マザー・グース」に始まり、「ピーター・ラビット」、「くまのプーさん」、「ロビン・フッド」、「アリス」、「アーサー王物語」、「ロビンソン・クルーソー」など一作に1章を割いて解説してあります。いや、解説というよりは個人的な回想を綴ったエッセイといったほうがいいでしょう。
 筆者は日本滞在30年の宣教師さんなので、読み手が日本人だということを意識して書いてます。この中に見るべきは、イギリス人が人生の中でどのようにして童話を受け入れてきたのか、という点がわかるというところでしょう。
 ちなみにこの中で紹介されている童話のひとつ「柳に吹く風」は本当におもしろそう。ぜひ読みたい。

『リチャード三世』 シェイクスピア 新潮文庫
 イギリスっ子であるにもかかわらず、シェイクスピアとホームズにはどういうわけかほとんど手を出す気がしないままここまで来てしまったのだが、最近見ているイギリスコメディ「ブラック・アダー」がどうもシェイクスピアとかかわりが深いらしい、ということが気になってやっと重い腰を上げた次第。
 で、最初に読むことにしたのが『ロミオとジュリエット』や『ヴェニスの商人』のような悲喜劇ではなく、史劇であるこの『リチャード3世』。
 15世紀の薔薇戦争を題材にした作品で、王位を得るために権謀術数を張り巡らし、一族を片っ端から葬っていったグロスター公リチャード(のちリチャード3世)が主人公。
 ちょっと自分でもびっくりしたのだが、この作品、本当におもしろい。200ページほどを一気に読み通してしまった。何というか、とても「古典」とは思えないのだ。
 ちなみに「モンティ・パイソン」でやたらとでてきたセリフ「馬を、馬を、国をやるぞ!(A horse, a horse, my kingdom for a horse!)」というのはこの話が出典なのでした。

『マクベス』 W・シェイクスピア 新潮文庫
 四大悲劇のひとつ。で、その中で一番短い。このあたりからもいかに僕が乗り気で読んでないかわかってもらえるだろう。
 が、実際読んでみると、やっぱりこれもおもしろい。
 舞台は11世紀初頭のスコットランド。ダンカン王の廷臣マクベスは荒野で魔女に出会い、自らが王になる予言を受ける。予言に突き動かされたマクベスはダンカンを暗殺し自ら王になる。
 ストーリー的には『リチャード3世』と似ているように見えるが、リチャードと比べるとマクベスの方がずっと気弱。確かに悪人なんだが、どこか精神的にもろいところがある。これを読んで、改めてリチャードがものすごーーーく極悪なやつだと思った。
 それにしても、これだけおもしろいって知ってたらもっと早く読んでたのに、シェイクスピア。

『ジョン・レノン・ラストインタビュー』 アンディ・ピープルズ 中公文庫
 ジョン・レノンがNYで殺される2日前にBBCが行なったインタビューを起こしたもの。ハウスハズバンドを終えて本格的に活動再会しようという意気込みが感じられるのが、その後の運命を知っている我々読み手にとっては哀しく響く。
 内容に関しては特に言う事はない。以前書いたように「ビートルズよりモンティ・パイソン」という名ゼリフを聞くためだけに買ったので。あえて細かいことを書くなら、オノ・ヨーコはやっぱり好きになれないなあ、ということと、本の表紙のジョン・レノンはあんまりいい写真を使ってないなあ、ということ。何というか、死相が出ている。もっといいのがあっただろうに。

『川べにそよ風』 ケネス・グレアム 講談社
 以前書いた『柳に吹く風(THE WIND IN THE WILLOWS)』の邦題はこういうタイトルになっていた。
 イギリスでは非常に有名な児童書。川べにすむモグラとミズネズミの日常がテーマになっているが、たぶん一番オイシイ役どころは、金持ち・移り気・うぬぼれやのヒキガエル。
 彼はある時はボート、ある時は馬車、そしてまたある時は自動車へとどんどん趣味を変えていき、果てには自動車事故を起こして牢屋に入れられてしまう。それでもやはり自信過剰な性格は相変わらずで、いろいろと嫌味なセリフを吐くのだが、どこか憎みきれないところがあるのだ。僕自身も「ICO」やら何やら、好きなものが出来たときはとことんはまる質なので、あんまり人(いや、カエルか)のことは言えないなー、とは思う。
 ちなみに、これを読む人のために言っておくと、この本はケネス・グレアムの書いた2冊が一つにまとまっている。7章までが『柳に吹く風』で、残りの章が『ヒキガエル屋敷のヒキガエル』というタイトルの本。これは「あとがき」にも書いてなかったので。

『英国のユーモア』 J・B・プリーストリー 秀文インターナショナル
 イギリス(といってもイングランド)のユーモアについて、主に文学を中心にして書かれた本。以前から探していたのだが、最近図書館にあることを知った。灯台下暗し。
 文学関係のユーモアに関しては、チョーサーから始まって、今世紀に至るまでさまざま書かれているのだが、僕にとって注目すべきは文学方面ではなくて「道化と滑稽演劇」という章。
 コメディアンの活躍の場が、舞台から次第に、ミュージック・ホール、ラジオ、テレビへと移っていくのを簡単にまとめてあるが、その中にちゃんと「モンティ・パイソン」が入っているのだ。とは言っても、筆者によると「真のユーモアから程遠い、ある種の残忍性」があるらしい。ふーん。
 それと、20世紀初頭に「怠惰な手品師」と称して、放り投げた皿を次々を割っていくコメディアンがいたらしいが、このネタ、おもしろい。

『ヴェニスの商人』 シェイクスピア 新潮文庫
 シェイクスピアの中でも一二を争うくらい有名な作品。内容くらいは知ってたけれども、ちゃんと読んでみてちょっとした発見があった。
 それはタイトルにある「ヴェニスの商人」というのはシャイロックじゃなくて、アントーニオのことだった、ということ。これって案外勘違いしてる人多いんじゃないの。
 「喜劇」に分類されるらしいが、あんまりおもしろくない。「リチャード3世」のほうがある意味喜劇だと思った。
 関係ないけど「モンティ」の中に「牛が演じる『ヴェニスの商人』」というスケッチがある。

 「肉1ポンド。」、なんつって。

『オセロー』 シェイクスピア 新潮文庫
 副官になれなかった旗手のイアーゴーは、その復讐の為に、ムーア人の将軍オセローと、妻デズデモーナ、副官のキャシオーを奸計にかける。イアーゴーの虚偽の密告を信じたオセローが、キャシオーとデズデモーナの不義を疑いだすところから人びとの運命が狂い始める。
 シェイクスピア四大悲劇の一つ。このイアーゴーもリチャード並みの極悪人だが、リチャードと違って何か好きになれない。リチャードやマクベスのような権力闘争と違って、人の恋仲を引き裂くような、細かくてじめじめしたやり方が気に入らないのかも。

★今月の一冊★
 まあ、順当に行けば『10と1/2章』なんですが、こうやって冷却期間を置いて、思い出してみると、オスカー・ワイルドの童話集が妙に心に残る。
 そんなわけで、今月は『幸福な王子』を。そのなかから特に「漁師とその魂」をお薦め。「甘い」といわれるかもしれないけれども、あえてこれを。

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