楠木坂コーヒーハウス>書庫>【書評・感想】2004年1月

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『グリの街、灰羽の庭で』 安倍吉俊 角川書店
グリの街、灰羽の庭で 今年一本目の書評に持ってくる予定の本がやっと届きました。昨年4月からずっと『これは名作です』と言い続けてきたアニメ『灰羽連盟』の画集『グリの街、灰羽の庭で』。特別アニメ好きというわけでもないけど、わざわざ画集を買う気にまでさせられたのだから、どれだけ良い作品か分かってもらえると思います。昨年12月末に発売。
 画集なので、感想も何もないですが、アニメのストーリーに沿うかたちで、イラストと台詞の抜粋が載っている絵本みたいな体裁で、読み進むにつれて懐かしい記憶と悲しい記憶が交互に蘇ってきました(クウがいなくなった回と最終回は何度見てもしんみりしてしまいます)。逆に言えばアニメを見たことのない人にはちょっとつらいかもしれません。
 少し細かい話をすると、初出のイラストは少なくて、DVDのジャケットのイラストなどどこかで見たことのあるものが多いです。あと、製作裏話も載ってないですし、設定資料集でもありません。あくまで画集。僕自身はこれで良いと思います。
 改めて書きます。タコから耳が生えるまで何度でも書きます。この作品、ほんとに名作です。
 「アニメだから」とか、「深夜放送だから」とか、「角川系だから」とか、そういう余計な先入観を捨てて、ぜひ見ていただきたいです。特に『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」や、『ICO』のような静寂な世界が好きな人(僕の周りには一人もいなかったけど)には気に入ってもらえると思います。

『ペンギンの世界』 上田一生 岩波新書
ペンギンの世界  ペンギンの生態についての入門書。ペンギン好きとしてちゃんと勉強しておこうと思って借りたが、予想外に面白かった。何が面白いって、ペンギンの生態ではなく、この本のそこかしこに表れる著者の「ペンギン愛」。本人は意図していないんだろうけど、普通の人から見ればちょっと「ヘンな」描写がちらほらと。
 (南極調査の途上)『そう、ここはペンギンたちの海。彼らに挨拶なしで通過しては失礼ではないか。』
 「ないか」って言われても、と困惑するが、さらに
 『もし死に直面したペンギンの脳裏に自分の生涯が走馬灯のように蘇るとすれば、その60%以上が海上でのくらしだろう。』
 要するに、感情移入が勢いあまってやたらとペンギンを擬人化したがってるところがあるのだ。そんなペンギン愛あふれる文章が多々見られるが、それとは別にショックだったのが「赤い足跡」の話。
 南極に上陸して、氷原を歩いていると自分の足跡が赤くにじむ場所がある。実はその下にはペンギンの死体が埋まっていて、その上を歩くと死体から滲み出した血が足跡を赤く染めるのである。あのほほえましいペンギンのコロニーの下にはペンギンの死体が何層にも折り重なって埋まっているらしい。
 「桜の木の下には死体が埋まっている」と書いた人もいたが、ペンギンの下にはペンギンが埋まっているのである。


『妊娠小説』 斎藤美奈子 ちくま文庫
妊娠小説  以前『紅一点論』を読んでおもしろいと思った斎藤女史の処女評論。「妊娠小説」とは著者が作り出したカテゴリーで、小説中、登場する女性(大体が主人公と付き合ってる)が「妊娠しちゃった」と主人公に告白する筋を持った小説のことを指す。もちろんこの「妊娠」は望まれた妊娠であるはずもなく、大筋においてこのあとに待っているのは「主人公の苦悩」→「中絶」→「別れ」である。
 この本はそんな妊娠小説を、一方では堕胎を巡る社会状況の変化と照らし合わせながら(コンテクスト)、また一方ではこの種の小説を類型化しながら(テクスト)論じた評論。
 『紅一点論』と同様、文学的な機微なぞ無視してバッサリと作品を切り捨てる著者の姿勢は潔い。「文学とはこんな風にして読むものではない」とくさされたこともあるそうだが、僕からすれば文学とはこのように新たな視点を導入することで作品が蘇ってくるのだと思う。例えば多くの高校生が読まされた森鴎外の『舞姫』も、定説とされている(らしい)「近代人の苦悩」という主題という視点ではなく、本書で示されたような「妊娠小説の父」という視点を用いることでまた息を吹き返せるのではないだろうか。


――まんが――

『こさめちゃん』 小田扉 講談社
 今年一本目の漫画はジャケ買いではなく、中身買い。中古書店でたまたま手にとって読んでみたら、おもしろかったのでそのまま買いました。作者・小田扉の短編集。一本目に入ってる「こさめちゃん」を読んだ時点で買う気が高まってきて、2本目の「としごろとしこ」で購入を決定。うちに帰って残りも読んだけど、思ったとおりおもしろかったです。
 表題作「こさめちゃん」。普段はいつもニコニコしているけど、たまに大声で泣き出すから、その間を取って「こさめちゃん」と呼ばれる小学生の女の子。こさめちゃんは幼いときに両親を亡くして以来、口がきけなくなっていて、さらに普通の人には見えない「ばね」が見えるという特殊な能力を持っている。彼女の話だと、世の中にはいたるところに縮んだ「ばね」が仕掛けてあるらしく、この「ばね」が伸びるとき、その人に不幸が起こるらしい。そして、ばねが伸びる寸前、こさめちゃんは大声で泣き出してしまう。
 かなり不幸な境遇に生まれているのだけど、あまりそういう暗さを感じさせないこさめちゃんの純粋な笑顔を見ると、なんかこう、ぐっとくるものがあります(僕は無言+表情で訴えかけられるのに弱いのです)。
 2本目「としごろとしこ」は、ちょっと変な高校1年生の女の子の日常独白ストーリー。おもしろかったのは近所の喫茶店に通うエピソード。ここのマスターが自分のことを「とし子ちゃん」って馴れ馴れしく名前で呼ぶのがむかつく、むかつくのに、なんで通ってるのかと言うと、それはここのコーヒーはミルクをマヨネーズのキャップに入れて出すから。こんなお店、「来ないわけにはいかないじゃないですか」って、この気持ちが分かりすぎるくらいによく分かる。こんな喫茶店だったら僕だって通います。他にもいろいろ独白してるけど、この子の言わんとすること、ものすごくよく分かる。まあでも巣鴨でクレープを食べるのは止めた方がいいです。さば味噌のクレープが出てきても文句言えないから。
 全体としては、しんみりする話あり、不条理系ありのバラエティに富んだ作品集。基本的にはシンプルだけど、画風も作品によって書き分けてあるところがすごいです。この本全体としては「話田家」という連作がメインだけど、さっき紹介した短編「こさめちゃん」と「としごろとしこ」はぜひ目を通して欲しい作品。絵もストーリーもセンスいいし、これは作者買いしてもよさそうだなあ。


『天外レトロジカル』(3) 浅野りん マッグ・ガーデン
 『少年ガンガン回顧録』第8回で取り上げた浅野りんの最新刊。今日(10日)発売。『PON!とキマイラ』にしてもそうだけど、この人の作品はいつも作画が丁寧なので好感が持てます。物語もよく出来てて、「ガンガン」でデビューした頃からもうかれこれ10年くらい(?)好きな作家の一人です。『天外』のストーリーは以前書いたので省略しますが、今回は後半、天外屋の過去が明らかになるなど、多少シリアス路線です。でもまあ、ストーリーの壮大さのわりに、天外屋を中心にして人々の日常を描くという、相変らずのマイペースというのはそんなに変わってません(そこが良いのだけど)。
 今回ひとつ気になった所を。今までモノに語らせるときは、モノにそのまま手足が生えてたのに、途中からモノが実際の人間に変身します。それがどうというわけではないのですが、なんか微妙に趣旨が変わってしまいそうな気がしなくもないです。あとどうでもいいけど、「壺」の人が艶っぽくて好きです。髪型とか、いかにも大正レトロで。

『そっと好かれる』 小田扉 太田出版
 先日中古書店でたまたま目に付いた『こさめちゃん』を読んで、これなら作者買いもありだな、と思った小田扉の短編集第2弾。とある本を買うついでに、いっしょに買いました。
 前回『こさめちゃん』を★4つにしましたが、あれを★4つにするなら、この本は★5つにせざるを得ないです。それくらいおもしろかった。短編集だから、当たり外れがあって当然なのですが、おそろしいことに、今回はどの短編もハズレなし。その中でもあえて気に入ったものを選ぶとすれば、「高枝さん」と「宇宙温泉」。
 「高枝さん」は常に高枝切りバサミを持ち歩く女性。場面に応じて高枝切りバサミの先の部分をいろいろ取り替えながら日常を送っています。例えば柄の先をマジックハンドに交換して隣の家から朝食を失敬したり。そんな高枝さんがデートの待ち合わせで街に出かけるのですが、玄関、電柱の看板、電車の天井など、行く先行く先で携帯してる棒がガツンガツン当たります。そもそもの設定はおかしいのだけど、こういうところが変にリアルなのがおもしろいです。
 「宇宙温泉」は地球にやってきた宇宙人の話。黒田硫黄っぽいフリーハンドゆるゆるの画風と結末の哀しさがすごくマッチしています。これを読んだ人がどう思うのかは分からないけど、個人的には子猫を出された時点でもうダメです。しかもそれが弱った子猫とくればもう。
 基本的にギャグマンガなんですが、どの作品もあっけらかんと笑えるものではなくて、切ないと言うかさびしいと言うかそういう読後感がじわーっとあとに残ります。このあたりのストーリーテリングの才能は本当にすごいと思います。
 万人受けするかと言われるとちょっと難しいけど、タイトルのように「そっと好かれる」、そんな作品じゃないでしょうか。


『セクシーボイスアンドロボ』 黒田硫黄 小学館
 「UK君の紹介するマンガ、全然知らんやつばっかりやし。」と、先日の生湖底でぐろぐろさんに言われたので、今回はちょっとメジャーなところを買ってみました。この前買った『そっと好かれる』のなかで少し触れたけど、作者は黒田硫黄。昨年ジャケ買いを始めたときからから「欲しいリスト」の結構上方に位置していたのですが、例の映画「茄子 アンダルシアの夏」が公開されて、世間でもちょっとした話題になったので、ほとぼりが冷めるまでしばらく買うのを控えていました。
 そんなわけで映画にもなった『茄子』(amazon)を買ってもよかったんですが、それもベタなのでとりあえず選んだのが、小学館のサイトで見た感じ面白そうなにおいがした『セクシーボイスアンドロボ』。いろんな声を使い分ける特技を持つ中学生の女の子・ニコが、黒幕っぽい謎の老人からの指令を受け、スパイをする話。
 スパイ活動をしているだけあって、ニコにはやたら大人びたところもあるのだけど、やっぱり言動に子どもっぽいところが残っていて、こういうこの年頃特有の不安定さが物語をおもしろくしています。
 それにしても、この人独特の筆ペンで描いたようなフリーハンド風の画風はどうやってるんだろう? 「下描きなし」ってことはないと思うけど、この画風はすごく勢いがあっていいですな。もちろん画風も僕好みです。

★今月の一冊★
★活字
 今月は久しぶりに赤が多かったです。数は少ないですが、どれを読んでも損はないかと思います。

★まんが
 小田扉の2作。『こさめちゃん』をつかまなかったら、『そっと好かれる』にも辿り着かなかったわけで、こういう偶然の出会いというのもあるのだなあ、と。

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