| 『日本文化論』 | 梅原猛 | 講談社学術文庫 |
![]() |
『近代西欧文明は<力>を原理とし、科学技術を武器として世界を制覇した。しかし、20世紀に入り、特に原水爆の出現以来、<力>の文明は明らかに行き詰まりを見せている。これからの新しい文明創造の原理をどこに認めたらよいのか。著者はそれを日本の精神的文化遺産である仏教思想の中にみ、科学技術偏重の明治以来の教育を批判し、仏教精神を教育に取り入れることを説く。』・・・という出版社要旨だけで十分内容の説明に事足りるくらい軽い本なのだけど、これはもともと教職員相手の講演を文章化したものなので、読みやすいといえば読みやすい(1時間で読了)。あえて、上の要旨に書き足すならば、トインビー史観を重視したうえで、日本文化を一文明と見なすことの重要性、多文化主義を唱えているところだろうか。 『文明の衝突』が言われて久しいけど、講演時期が1975年だったということを考えると、今のほうが読んでて内容に対する実感が湧きやすそうだ。非常に薄い本だけど、値段を考えれば、教養を涵養するという点ではそれなりにコストパフォーマンスの高い本ではないかと。 | |||
| 『怖さはどこからくるのか』 | 宮田登 | 筑摩書房 |
![]() |
|
このタイトルからはどんな本かわかりにくいが、著者の名前を見れば分かるとおり民俗学の入門書。 タイトルにある「怖さはどこから来るのか」という問いに対する答えはほとんどこの本の内容と関係なくて、実際は民俗学の成り立ちから振り返り、日本的な文化の根本概念を現代社会、特に都市の文化のなかに見出す都市民俗学の趣きが大きい。 内容は大きく分けて「ハレ」「ケ」「ケガレ」の関係性についてと、「白(シラ)」の概念が農耕民族としての日本文化にいかに密接な役割を果たしているかということについて。どちらもなかなかおもしろかったが、特に「シラ」の語源学(エチモロジー)的な部分は、読んでてついつい感心させられる事が多い。 以前大塚英志『少女民俗学』の書評の時に、「どうして現代文化研究に民俗学を持ち出すのかわからない」と書いたが、ようやくその根拠が分かったような気がする。 | |||
| 『政治学入門』 | 矢部貞治 | 講談社学術文庫 |
![]() |
政治学、特に政治思想ではなく、制度としての政治学の基礎の基礎について大変コンパクトにまとめた入門書。政治の役割、国家の役割、政治家についてなど、非常にわかりやすくまとめているので、この分野に関しては特に門外漢である僕の頭にも入りやすかった。この本で特筆すべきは、著者の政治に対するバランス感覚。国家の権威を強める風潮が行き過ぎれば国粋主義に、国家を功利主義的に見なす風潮が強まれば、無政府主義に傾き、このいずれもが人間の生存にとって害を及ぼすとし、超国家主義(右派)、マルクス主義(左派)の両方に対して距離を置いている。既に文章の序盤で「政治学は特定のイデオロギーと結びつきやすい」と、政治学の持つイデオロギー性を指摘しているところからも、このバランス感覚を見てとれるだろうと思う。 | |||
| 『私の個人主義』 | 夏目漱石 | 講談社学術文庫 |
![]() |
明治末から大正初期にかけて漱石が行った講演録。文明開化、文学論、個人主義の隆盛など、現代の日本をテーマに日本はどのようにあるべきか、どうすべきかということを控えめに論じる。全5編収録。全体的に、近代化に対して悲観的な見方をしているところが強い。文明開化以降の時代というのは、江戸時代の封建主義よりは息苦しくない時代ではあるけれど、だからと言って、現代が「良い時代」なのかどうか、漱石の言葉の端々には今日には今日の苦悩、いわゆる近代化によるモナド化(ある種の疎外)を危惧する感じがうかがえる。 ところで、漱石もネガティブ思考の持ち主のようで、不愉快さをモチベーションにしてものを書いているのだと知ってちょっとうれしかった。 | |||
| 『比較文化論の試み』 | 山本七平 | 講談社学術文庫 |
![]() |
日本・ヨーロッパ・アラブ世界の比較文化論講演録。社会の土台を経済ではなく、宗教において見ることで近代化というものを捉えなおそうとしている。興味深かったのは、「日本人の親切」について。日本人の親切・同情というのは、ひよこを見て「冬は寒かろう」と、熱湯を飲まして殺してしまうような、相手の気持ちになっているようで実は独りよがりな感情移入的なものであるという指摘。これに対し、ヨーロッパの場合は、相手にどうしてほしいかちゃんと訊いて、それにふさわしい対処をする、それこそが「シンパシー」なのだそうだ。 比較文化論として興味深い論点を次から次に渡り歩く感じは読み手を飽きさせず、知的欲求も満たしてくれる。これもまたなかなかコストパフォーマンスの高い本ではないかと。 | |||
| 『わが師わが友』 | 朝永振一郎 | 講談社学術文庫 |
![]() |
|
同じ著者による『鏡の中の物理学』の素人にもわかりやすい量子力学解説に好感を持ったので、もう一冊読んでみた。著者の大学生〜ドイツ留学時代を主にした日記・エッセイ集。ヒトラーの声がラジオからきこえてくる第二次大戦前夜の世界情勢と、著者の師匠にあたるハイゼンベルクのような科学史に残る人物が一人の日記の中で重なって出てくるのを読むと、時代が生きたものに感じられてくる。日記のそこかしこに現れるやる気満々の湯川秀樹とは対照的な、ネガティブシンキングと、時々見られる奇行・奇想にも好感が持てた。 5月26日 妙なことを考えた。甘いという感じを概念的に分析しようと思って、砂糖を舌の上に乗せながらいくら考えても、何も分からないということ。 6月1日 ホーレン草を山ほど食う。 6月2日 ホーレン草のため黒い大便が出る。 「くだらねえこと書いてるなあ」と、この後に取ることになるノーベル賞とのギャップにくすくす笑ってました。 | |||
| 『天外レトロジカル』(4) | 浅野りん | マッグガーデン | ![]() |
先月発売の最新刊。ストーリー等は過去書評を参照のこと。毎回のことながら、ストーリー、画風ともに安定した実力を見せてくれます。今回もいろいろと楽しませてもらったが、特に今回気になったのは第23話と第24話。第23話の番長登場の回。ほほえましい笑いを提供することが多い浅野りんだが、暴走すれば、かなり濃い笑いに走れるんじゃないか、という片鱗を垣間見た。 第24話は個人的に痛かった回。一般的には「ちょっといい話」なんだろうけど、このシチュエーションに個人的に思い当たるふしがあったりなかったり。 |
|||
| 『文車館来訪記』 | 冬目景 | 講談社 | ![]() |
時代は昭和初期。人でにぎわう通りから少し路地裏に入っていくと、そこには人間の役に立たなくなったモノたちが、「物の怪」となって住んでいる別の町がある。主人公の青年・ヨオはこの物の怪の町に住むただひとりの人間。生き人形イアンとともに「文車(ふぐるま)写真館」という写真屋をしている。文車写真館は、普通の写真を撮るのではなく、ここではその人(モノ)が一番良かった頃の思い出を撮ってくれるお店。この写真館に、壊れた花瓶やこうもり傘などの物の怪や思い出を撮ってほしい人がやってきては、その幸せだった頃の思い出を綴っていく短編集。というわけで、簡単に言ってしまうと『妖幻の血』の雰囲気で『天外レトロジカル』な世界。いや、正確にはこの作品のほうが先だから、この作品の持つ雰囲気が両作品に分かれたと言ったほうがいいだろう。 「冬目景によるオールカラーまんが」というだけで、すでに僕にとっては十分な美術的価値があるので、内容には深く立ち入らないけど、やっぱり冬目景はストーリーが淡々としてるなあ、と。これがひとつの特徴なのかも知れないけど、少し物足りない。まんがとして楽しむのならB、目の保養としての美的価値はA以上。 |
|||
| ★今月の一冊★ |
|
★活字 今月は特になし。基本的に「教養」を満たすような本が多かった気がするけど、エッセイ『わが師わが友』は奇行・奇想まじりのネガティブさがおもしろかった。 ★まんが 『天外レトロジカル』は言うまでもないので、今月は『委員長お手をどうぞ』。読み手を選ぶむずかゆさだけど、こういう乙女な世界があってもいいです。 |