楠木坂コーヒーハウス>書庫>【書評・感想】2005年1月

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2005年1月


『孤独の世界』 島崎敏樹 中公新書
 孤独とは何か。自ら進んで望む「もとめた孤独」、不安を伴う「おちこんだ孤独」、群衆の中での孤独など、『孤独』という心理状態について調べたユニークな本。
 全体としては心理学に近いアプローチだけど、それだけでなく哲学・文学的要素も混じっていて、なかなかおもしろい。個人的におもしろかったのは、「孤独=共同体に加わらないという人間としての根源的な罪」という意識について。自ら人を退けてつくる孤独に後ろめたさを感じる、この罪悪感が根源的な自己処罰=自傷・自殺につながるのだそうだ。あと、精神分裂病に陥って前進性がなくなると、人間は過去に逃避し、肉体的には円環運動、往復運動を繰り返すようになるらしい。これは物事が移り変わる「時間」という生存の根拠を失ってしまうことに等しい。
 こういう「末期」の症例を示されると、まだまだ自分は健康な部類なんだなあ、と少し安心した。

『天才 創造のパトグラフィー』 福島章 講談社現代新書
天才 創造のパトグラフィー  天才の作品や生活から精神分析を行うことをパトグラフィ(病跡学)と呼ぶ。本書は詩人や作家の作品や生活史から、心理状態を読み取り、どのような心理状態から創造性が作り出されるかを分析したもの。
 本書によると、想像力とIQは必ずしも相関関係にあるわけではない。また、天才は無意識の世界にもぐりこみ、それを「作品」というかたちで仕上げることのできる才能であるという。
 ちなみに創造力のある人とは(1)おかしな考えをするという評判を取っている、(2)行動が普通の型から逸脱している、(3)行動にユーモアや遊び半分の面があり慎重さに欠ける、(4)自制的な面と衝動的な面の両方を持つ、などの特徴があるそうだ。ただ、こういう人がそのまま天才になるわけではなく、天才にこういう側面が見られるという「逆は必ずしも真ならず」の法則に則っているということは覚えておいた方がいいだろう。
 ちなみに夏目漱石やチャイコフスキーなんかは黒わんこ的エネルギーによって作品を作り上げているそうだ。やはり「負のエネルギー」というのは存在するのだなあ、と。

『THE ANSWER』 G.P.S. 新風舎
 紹介文より作品紹介。
 「老人ホームにおいて発生するさまざまな問題に対して哲学的考察を突き詰めてゆくうちに、全ての問いを解く究極の『答え』に到達した私は、しかし、周囲の理解を全く得ることができず、孤立し、やがて精神に失調をきたしはじめる。リハビリのために渡ったカナダで、私は「究極の妻」とでも呼ぶべき一人の女性とめぐり合うのだが。」

 この紹介文からは少しわかりにくいかもしれないが、実は「思想小説」とでも言うか、非常にユニークな本。3年前の毎日新聞の書評に載ってからずっと気になっていたのだが、なかなか見つからず結局アマゾンで取り寄せた。
 「万物の根源とは何か?」「人はなぜ生きるのか?」「自分とは何か?」など、これらの哲学的問いを全て理詰めで解決する「答え」を見出したとする著者G.P.S.(=Great Problem Solver)の理論を非常にわかりやすく説いている。
 果たして著者が用意した回答(=QAS)は、この物語の核となるのでここには書かないが、久しぶりに「食い入るような読書」をしてしまったという点において、本書を高く評価したい(一年ぶりのA+)。登場人物にアインシュタインやゲーデルや中島義道やソシュールが飛び交う文理横断(というかチャンポン)加減は僕の好むところでもある。
 最後に、あえて思想的ツッコミをするならば、著者の「答え」は現象学の影響が強そうなのに、肝心の現象学については一言も触れていないところ。そのあたりまで押さえていれば本当に「究極の答え」になったかもしれない。

『複雑な、あまりに複雑な』 逢沢明 現代書館
複雑な、あまりに複雑な  複雑系についての小説的入門書。架空の講義というかたちで、カオス理論についての基礎をわかりやすく説明してくれている。
 複雑系についてはかつて何冊か本を読んだことがあるので、フラクタル図形なども知っているのだが、久しぶりに読んでみることにした。複雑系で、よく知られている例としては「北京で蝶が羽ばたけばニューヨークで嵐になる」という「バタフライ効果」(初期値の微妙な差がのちに大きな現象として立ち上がってくること)などが挙げられるだろうが、このような一見無関係とも思える自然界の現象(カオス)が、何らかの関数によって決定される決定論的カオスについて詳しく扱ったのが本書。
 例えば、f(x)=ax(1-x)という単純な2次関数があるのだけど、実はこの関数の解の周期はaの値によって一気に複雑化していく。a=4のときは完全なカオス状態になるのだが、このような自然のアトランダムな現象がひとつの関数によって決定される可能性を見せてくれるのが複雑系のおもしろいところである。
 しかし何よりショックだったのは、この本を半ばまで読んでみて、実は高校時代に一度読んだことがあったのに気付いたこと。やっぱり書評は書いておかないと・・・。

『複雑系は、いつも複雑』 逢沢明 現代書館
複雑系は、いつも複雑  で、上の本の続編として書かれたのが本書。この本は複雑系のなかでも著者が専門とする「複雑適応系」について、やはり講義に近い形式で示した入門書。
 複雑適応系とは生命の発生、進化などを複雑系の知見から扱えないかと模索する分野。タンパク質のアトランダムな組合せからはどう考えても偶然に発生したとは考えられない生命、そしてその生命がひとつの組織を作り上げて進化してくるまでの複雑さを扱うことは、一般的な生物学の枠を超えており、ここにカオス理論の「創発」の入り込む余地が出てくる。
 「創発」とは、完全なカオスの中から一定の秩序を持った組織が表れ出てくること。このカオスと周期の狭間(「カオスの縁」という)に生まれてくる「複雑さ」こそが生命の正体ではないか、という仮説の上に立っている。
 本書の方が内容が高度なのだけど、個人的にはこのようなミクロなタンパク質の振る舞いから、人類社会の複雑さまでを扱える可能性を見せてくれるので、こちらの方がおもしろかった。
 話は少し外れるが、瀬名秀明『ブレイン・ヴァレー』のひとつのテーマであった、「人類進化」とも深く関わっているので(創発現象として「神」が生まれる)、『ブレイン・ヴァレー』が好きな方は一緒に読むと物語の世界が広がると思う。

『心が雨漏りする日には』 中島らも 青春出版社
心が雨漏りする日には  躁うつ病患者である著者によるエッセイ集。病気に伴うさまざまな奇行を語っているのだが、著者があの中島らもゆえか、奇行が普通に思えてしまうから怖い。個人的には、最後に収録された精神科医との対談がおもしろかった。
 ちなみに、「うつ病」と「うつ」は別物で、まだまだ一般的には両者の混同が見られる。脳の病気が前者、何らかの心理的原因があって沈み込むほうは後者であることが多い。抗黒わんこ薬が劇的に効くのは前者。ちなみに担当医の話によると、僕の黒わんこは後者らしい。生々しく書くと、心因性神経症による抑うつ症状だそうで、この数年のいろんなことを思い返せば、さもありなんとも思えてくる。そういうわけで、僕の場合とは症例が異なるのだけど、本物の黒わんこ病の方には参考になる記述も少なからずあるのではないかと思う。

『擬態うつ病』 林公一 宝島社新書
 以前日記の方で書いた、偽黒わんこについての本というのがこれ。上にも書いたように「うつ病」と「うつ」は違うのだけど、この両者の混同がひどいため、本物のうつ病でないものを「擬態うつ病」と名づけて、その正体に迫っている。
 しかしまあ、擬態にもいろいろあるもので、自分の好きなことは楽しめて、周りが何か言うと「そんなことを言うから黒わんこが治らないんだ」と他人にあたる人も黒わんこ認定されるのだから、本物の黒わんこに悩む人からすれば、こんな奴と一緒にされてはかわいそうだと思う。
 脳内物質が原因、休養と薬でかなりすっきりと治るのがうつ病、そうでないのはうつ病ではなく、その他の症状(あるいは、ただの怠け者)であるということは、著者が言うように、本物の黒わんこ患者が偏見を持った目で見られないようにするためにも、世間に周知徹底させるべきだと思う。ただ「擬態=偽物」と思われてしまうのも、僕のような神経症タイプの黒わんこ人間にはちょっとつらい。

『空の謳』 天野こずえ エニックス
空の謳  少年ガンガン回顧録で取り上げた作家・天野こずえの短編集2作目。現在はコミックブレイドで作品を連載中だが、少年ガンガン時代は連載作『浪漫倶楽部』と短編を時々連載していた。『空の謳』は表題作を含め1998年から99年にかけてガンガンに掲載された短編4篇を収録。
 個人的にどの作品も読んでて懐かしい思いがしたが、特に良かったのは『魔法の郵便屋さん』。北海道の田舎にある郵便局を舞台とした切ない話なのだけど、構成から、最後の1コマまで非常にきれいに練られた、短編のお手本とでも言うべき作品に仕上がっている。この作品を読むだけでもこれ一冊を買う意味は十分あると思えるくらい良い。あと、郵便屋の綾乃お姉さんもよいです。
 短編というよりは中編『アース』も、『浪漫倶楽部』以前から構想があったというだけあって、良作。なぜかブックオフでよく見かけるけど、定価で買う価値は十分あります。

『シャーリー』 森薫 エンターブレイン
シャーリー  以前、とある人が僕のことを「メイド萌え」などと呼んでくださった苦い思い出のために、気になりつつも遠のいていた本作だが、ブックオフで安く売ってたのでとうとう購入。
 表紙にも出ている少女のメイド・シャーリーを主人公とした短編を数本と、それとは別のメイドを主人公にした作品が1本づつ計2本収録した、メイドをテーマにした短編集。
 近頃では、妄想的に歪んだメイド像が氾濫してしまったために、ヴィクトリア朝のころにいた、本当の意味でのメイドという職業が見失われそうだが、本作は本当の意味での「メイドまんが」になっているところがすばらしい。
 あとがきによると、作者は「13歳少女メイド」という自分内設定にバチーンと何かスイッチが入って一気に本作を書き上げたそうだが、僕の場合、假に「メイド」でスイッチが入っても「13歳少女」でスイッチは切れます。そんなわけで、少女メイド・シャーリーにはさほど感じ入る部分はなくて、個人的にはむしろそれ以外の2篇の方がよかった。特に最後の、目つきが悪くて性格きつめのメイド、メアリ・バンクスと老主人の話が一番好き。
 全編読み終わって「これをおもしろく読んだ僕はメイド萌えなんだろうか・・・?」と真剣に悩んだのだけど、思うに、メイドが好きなんじゃなくて、この種の人がしばしば抱えてる「薄幸加減」が好きなのではないだろうかと思う。あと、メイド服ってシンプルで無印良品っぽいじゃないですか・・・などと、いろいろ言い訳している自分が見苦しいのでこのあたりで。

★今月の一冊★
★活字
 奇書「THE ANSWER」。エンターテイメントといっていいかどうかわからないけど、現代思想について多少の(『文学部唯野教授』程度の)知識があれば、知的刺激のある一冊。僕の考えにも近いところがあって好感が持てました。

★まんが
 1冊ということなら『シャーリー』。漫画的には隙があるような感じだけど、本作独特の空気は好感。1作品ということなら『空の謳』の「魔法の郵便屋さん」。『空の謳』はブックオフで100円で売られていることが多くて忍びないので、「魔法の郵便屋さん」のためだけでも買ってやってください。

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